これは奥村晴彦,大西眞純,村澤忠司,門馬康之「三重デジタルコミュニティズ研究ネットワークの構築」(松阪大学地域社会研究所報第15号 pp.45-55,2003年3月)をもとに若干手直ししたものです。
三重県では1997年度からデジタルコミュニティズ実験事業の一環として県域ネットワーク構築が進められ,1998年度には本ネットワークの前身である三重県大学間マルチメディア教育実験プロジェクト(Mie Academic Multimedia Education Project,略称MAM)のネットワークが稼働した。 これは中部テレコミュニケーション株式会社(CTC)のATM回線によって構成され,津市内の大学は2MbpsでインターネットARC株式会社の津アクセスポイント(AP)まで,松阪大学は1Mbpsで松阪APまで(松阪APから津APまでは1Mbps),四日市大学へは株式会社CTYの回線を経由して接続した。 これらの各回線のうち384kbpsをTV会議システムにあて,残りはインターネットARCを経由したインターネットの上流として用いた。当時の参加各大学のインターネット環境は,1.5MbpsでSINETに接続していた三重大学に多数の大学・機関がたかだか128kbpsで接続するという貧弱なもので,しかも当時はSINETと商用インターネット間の接続が耐えがたいほど遅く,MAM回線を通しての商用インターネット利用は参加各大学の研究・教育に大きな貢献をした。
1999年に三重県の「三重デジタルコミュニティズ研究ネットワーク事業・広域的生涯学習等ネットワーク事業」に郵政省・通産省から1億4,719万円の補助金が交付され,三重デジタルコミュニティズ(DCs)研究ネットワーク事業が本格的に始動することになる。
この事業の目的は次のように謳われている:
21世紀の豊かで潤いのあるネットワーク社会「デジタルコミュニティズ」の実現を目指し、三重県内の大学等との連携研究・連携講義を行うための広域的な「三重デジタルコミュニティズ研究ネットワーク・広域的生涯学習等ネットワーク」を構築し、新しい情報化社会に向けての課題の研究や人材の育成を行うとともに、県内の大学等との連携により、情報化教育、生涯学習、ヘルスケア教育等のコンテント等を開発し、県民へ提供していくことにより、県民生活の向上を図る。
この事業のアプリケーションとして次のものが挙げられている:
これらのアプリケーションの基礎として,「複数のCATV局同士を接続して、広域的な高速大容量の地域イントラネットを構築する」ことになった。
この地域イントラネットが,ここでいう三重デジタルコミュニティズ(DCs)研究ネットワークである。
県内CATVインターネット4社の協力を得て,1999年12月には県内に155MbpsのATM網が敷設された。 2000年4月には実験運用中のこの回線を使って松阪大学と松阪ケーブルテレビ・ステーション株式会社(MCTV)が相互接続した。 これが契機となって松阪大学はインターネット上流を三重大学からMCTVに変更した。 5月には松阪大学・三重大学・三重看護大学の間で相互接続が完了した。
三重DCs研究ネットワークが正式稼働した2000年6月には,松阪大学とZTVとの相互接続も行われた。 他機関もそれぞれの方法で研究ネットワークを活用し始めた。 ブロードバンドを利用したコンテンツも整い始めた。
2001年4月には,三重デジタルコミュニティズRing Server も完成した。 三重デジタルコミュニティズRing Serverは2002年11月現在国内31個所に存在するRing Server群の中で23番目のものである。
この事業自体は2001年度をもって終了したが,2004年現在もネットワークの継続が認められ,少しずつ利用方法を改善しながら現在に至っている。 たとえば2002年末には本ネットワークを経由して津市と松阪市の医療ネットワークが実験的に相互接続した(現在は終了)。
三重DCs研究ネットワークに参加した組織は次の通りである。
まず,ネットワークのインフラとなる伝送路を提供するCATV事業者は次の4社である。
次に,主にネットワークを利用する立場の機関は次の通りである。
三重DCs研究ネットワーク全体の運用管理するためのセンターは次の企業が請け負う。
ノード間の最大距離は35km,最も遠隔にある関係機関同士で122km(研究学園都市センターと松阪大学)である。
参加機関は次に示す5ワーキンググループ(WG)に分かれ,WGごとに目的を定めて研究を行った。 たとえば松阪大学はネットワークWGと大学間研究ネットワークWGの2グループに属した。
三重DCs研究ネットワークは,210.199.20.0から210.199.22.255までの範囲のグローバルIPアドレスを持つネットワークである。 このアドレス空間はネットワークセンターが管理するほか,参加各組織におおむね16個ずつのIPアドレスが付与されており,このサブネットと各組織の既存ネットワークとの接続および組織間の相互接続は,組織ごとに自由に委ねられている。
このようなネットワーク相互接続では,RIP2,OSPF,BGPといった経路制御プロトコルを用いて経路情報を交換するのが技術的には最も単純である。 しかし,現実には,大学・CATV事業者・公設機関・地方自治体といった種々の組織を一律に接続するのは至難の業であった。 そこで,事情の許す組織同士で互いに静的に経路を設定し,トラフィック交換をすることにした。 参加組織がトラフィック交換を望まない場合は,その組織には他組織から研究ネットワーク経由で到達することはできないが,逆にその組織から研究ネットワークを通じてインターネット上流を利用することはできるので,どの組織もおのおのの立場から研究ネットワークの恩恵を受けることができる仕組みである。
例として,松阪大学・三重大学・インターネットARC(株)のネットワーク構成で三重DCs研究ネットワークにかかわる部分を図に示す。
上側の点線内は三重大学である。 三重大学は,右上のルータ(R)で上流のSINET名古屋(名古屋大学にあるSINETノード)に接続し,左上のルータで子ノード(県内諸大学・研究機関)に接続する。 これらルータの接続されたバリアセグメントからファイアウォール(FW)を経由して三重大学LAN(MARINE)に接続し,LANカードを2枚差したPC UNIXのゲートウェイ(GW)を経て研究ネットワークのルータdmid-ma1に接続する。 研究ネットワークでトラフィックを交換する機関(松阪大学,県立看護大学,MCTVなど)は経路をこちらに向けてある。
また,下側の点線内は松阪大学である。 やはり学内LANからPC UNIX(Linux)のゲートウェイ(GW)を経て研究ネットワークのルータdmat-ma1に接続する。 学内のデフォルトの経路は単にこのルータに向けている。 GWではアドレス変換や透過型Webプロキシ(squid)を運用している。 当初はGWの外側にDCsのIPアドレスを振っていたが,松阪大学からのパケットにDCsのIPアドレスが付いてしまうので,現在ではGWとdmat-ma1との間のサブネットにも本学のアドレス空間の一部分を付与している。 なお,Webトラフィックの一部についてはケーブルモデム経由でMCTVに逃がしている。
松阪大学からのIPパケットをインターネットに向けるか研究ネットワークに向けるかは,上流のMCTVのルータで静的に設定されている。 具体的には,三重大学,県立看護大学,ZTVなどに向けたパケットは研究ネットワーク経由になる。 これらの大学やZTV,MCTVのユーザは,松阪大学で発信するコンテンツを高速に見ることができる。
図で右側の点線内は,インターネットARC(株)内のネットワークセンターである。 ここにはRing Serverを初めとする諸サーバが置かれており,ファイアウォールを経由してインターネットに接続する。
大学間が三重DCs研究ネットワーク経由になって,高速大容量の通信が可能になったことは言うまでもないが,体感的には,応答性が著しく改善された。 pingコマンドで測定したところ,研究ネットワーク経由での組織間のパケットの往復所要時間は2〜5ミリ秒である。 従来の東京回りの経路の応答時間が数百ミリ秒,遅いときには1秒以上かかったことを考えれば,2桁以上の改善である(現在ではSINETと商用インターネットの接続が改善され,東京回りでも数十ミリ秒で往復できる)。 また,MCTVやZTVなどCATVインターネットの利用者と大学との間でも10ミリ秒程度で,自宅からssh等で大学のマシンを利用する際の応答性も大幅に改善された。
三重DCs研究ネットワークはATM網で構成される。 ATMスイッチ(ATOMIS 5S)間にPVC(Permanent Virtual Circuit)を張り,ATMルータ(IP8800,MA155)によりIPネットワークを構成する。
TV会議用には,IPネットワーク用とは別のPVCを張り,ATM端末(ターミナルアダプタ,TA)を経由してTV会議システムに接続してい る。 TV会議用のPVCはセンターのMCU(Multipoint Control Unit,多地点制御装置)を中心としたスター型で,1.5Mbpsを割り当てている。
三重DCs研究ネットワークやその前身の三重県大学間マルチメディア教育実験プロジェクトのネットワークを計画していたころは,SINETと商用ネットワーク間の回線容量が極端に不足していた。 たとえブラウザの設定で画像を非表示にしても,SINETからは商用側のサイトがほとんど見えず,商用側からは大学のマシンにTelnetで接続しても遅すぎて使えないといった状態で,東京経由にならない高速な県域ネットワークは,大学が企業の情報を快適に得るため,一般家庭や企業から大学の情報を快適に得るために,必須のものであった。
このような快適な環境を早くから提供することができたこれらの県域ネットワークの意義は大きい。
また,ネットワーク構築の過程でさまざまな大学や企業のネットワーク管理者間の人的なネットワークが形成され,会議やメーリングリストを通じて情報交換が円滑に行われるようになった。
2002年になり,世はブロードバンドの時代を迎えた。 一般家庭でも高速なネットワーク接続が当たり前のものになった。 三重DCs研究ネットワークがなければ,相変わらず大学と商用インターネットとの間は東京経由の接続になるが,東京での接続が高速化されたため,従来のように接続が頻繁に途切れることはなくなった。 それでも当分は,応答の速さを要する対話型の利用(Telnetの類)や,高速大容量を要するTV会議などマルチメディア型の利用では,研究ネットワークの価値は失われないであろう。
さらに,研究ネットワーク内にATMレベルのPVCやIPレベルのVPN(Virtual Private Network)による仮想ネットワークを設定することにより,インターネットに依存しない安全な県域ネットワークが構築できる。 実際,2002年末に三重DCs研究ネットワークを経由して松阪市と津市の医療ネットワークがプライベートIPアドレスを使ったVPN接続を始めた。 今後は高速性だけでなく,このような安全性の観点からも考えて,県域ネットワークを整備すべきであろう。 また,東海地震等で東京経由のネットワークが分断される可能性を考えれば,県域ネットワークで冗長な経路を確保することは意義がある。
「なお、現在、学外回線はZTVの100MbpsとSINETの15Mbpsと三重県DCSの156Mbps(上限100Mbps)の3回線が使われている。特に、ZTVのインターネット回線と契約されている家庭と大学内の間では、三重県DCSの156Mbps(上限100Mbps)の回線を使って通信ができるため、非常に高速になっている。」(p.88)