TeX,LaTeXとは?

以下は拙稿「ビギナーのためのLaTeX」(数学セミナー1994年11月号, 66-71ページ)を書き直したものです。

はじめに

TeXはテックまたはテフと読みます。ほんとうはTEXのEを少し下げたような書 き方をするのですが,それができない場合はTeXと書くことになっています。

TeXは理系でよく使われる組版言語です。つまり,簡単に言えば,マークアッ プ(組み方の指定)をしたテキストファイルを印刷するためのソフトです。ワ ープロソフトと目的はほぼ同じですが,処理方式がかなり違います。

LaTeXはTeXを使いやすくしたものです。LaTeXはラテックまたはラテフと読み ます。ほんとうはLATEXのAを少し上げてEを少し下げたような書き方をするの ですが,それができない場合はLaTeXと書くことになっています。

一般にはLaTeXを使うことが多いので,以下ではLaTeXについて解説します。

LaTeXには

という特徴があります。

マークアップって何?

テキストファイルでは文字サイズや用紙サイズの指定もできません。そこで, LaTeXでは半角のバックスラッシュ(または円印)「\」で始まる命令でいろ いろな指定をします。このような指定のことをマークアップといいます。

たとえばA4用紙に12ポイントの文字で日本語を含む文書を印刷したい場合は, 日本語版LaTeXでは文書ファイルの頭に

    \documentstyle[12pt,a4j]{jarticle}
と書き込みます。

キーボードにない記号を入力するときにも \ で始まる命令を使います。 たとえば積分記号は \int,無限大は \infty,アレフ記号は \aleph, プランク定数の2π分の1は \hbar という具合です。

テキストファイルで数式を表すためのLaTeXの命令体系は事実上の標準になっ ており,Mathematicaのような数式処理ソフトでもLaTeX形式の出力ができます ので,複雑な数式をMathematicaで導出してそれをそのままLaTeXの論文に取り 込むことができます。

LaTeXのルーツ

LaTeXはTeXという組版ソフトを拡張したものです。

TeXを作った Donald E. Knuth (クヌース)はチューリング賞を授賞した著名な コンピュータ科学者・数学者で,コンピュータ科学関係の多数の著書のほかに, 数学小説『超現実数』(好田順治訳,海鳴社,1978年)のような著書もありま す。

Knuthはコンピュータ組版された自分の本の仕上がりに満足できず,組版アル ゴリズムの研究を始めて,まったく新しい組版ソフトTeXを作りました。

彼はTeXを誰でも自由に利用できるように無料で公開しています。これになら って,TeXに基づくソフトはほとんどすべて無料で配布されているのです。

AMS-TeX,LaTeX,AMS-LaTeX,……

TeXは組版ソフトであると同時に,一種のプログラミング言語で,自己拡張性 があります。そこで,TeXを拡張したものがいろいろ作られました。

米国数学会(American Mathematical Society)はいちはやくTeXに目をつけ, 数学論文を書きやすくするための拡張をしたAMS-TeXを作って,これで論文を 書いて投稿すれば何ヶ月も早く掲載すると宣伝したので,多くの数学者がTeX を使うようになりました。

また, Leslie Lamport (ランポート)というコンピュータ科学者はTeXを使い やすくしたLaTeXを作り,これが文系も含めて広く使われるようになりました。

米国数学会はLaTeXを拡張したAMS-LaTeXを作り,これで投稿ができるようにな りました。米国数学会以外にも内外のたくさんの学会がLaTeXでの投稿を歓迎 しています。

これらTeXの仲間も元祖TeXにならって無料で配布されています。

以下ではこれらTeXの仲間を総称してTeXと呼ぶことにします。

TeXの日本語化

TeXを日本語化する試みはいろいろありましたが,現在では(株)アスキーの 日本語TeXと,NTTの斉藤康己さんたちのNTT JTeXとが広く使われています。ど ちらも無料で配布されています。

TeXの日本語化・多国語化の研究は現在も進行中です。アスキーで日本語TeXを 開発した人たちが(株)インプレスでiTeX(仮称)という新しいTeXを開発中 ですし,NTT JTeXの保守をされている千葉大の桜井貴文さんもMlTeXという多 国語対応のものを作っておられます。

TeXの日本語(多国語)化は,単に横のものを縦にするだけではなく, 組版ルールの再検討を含め,研究すべきことがたくさん残っています。

以下ではアスキーの日本語TeX,LaTeXについて説明しています。

どんなコンピュータで使えるの?

PC-9801,DOS/V機,J-3100,AX,FM Towns,Windows,OS/2,Macintosh, X68000,UNIXなど,ほとんどの機種で使えます。ただし,ハードディスクは 必須と考えたほうがよいでしょう。

プリンタは,ESC/P,PC-PR,NM,LIPS III,ESC/Page,PostScriptプリンタ, 写研の写植機など,ほぼすべてのものが使えます。安いものではBJ-10v, 10万円程度ならLIPS IIIまたはESC/Pageのレーザプリンタをお薦めします。

インストールは難しい?

インストール(ソフトの設定)は,市販のワープロソフトのようにディスクを 順に差し込めば自動的にやってくれるというわけにはいきません。説明ファイ ルを読みながらディレクトリを作ったりファイルをコピーしたりautoexec.bat などを編集したりといった作業が必要です。こういった作業に慣れておられな いなら,コンピュータに詳しい友人に,夕食でもおごって,やってもらいまし ょう。

もっとも,インプレスやアスキーがパッケージ化して売っているものなら,説 明書をよく読んでインストールすれば,それほど難しくありません。

簡単な実例

たとえば「こんにちは」という文を12ポイントでA4用紙に出力したいとしまし ょう。

それには,テキストエディタで次のような4行のテキストファイルを作ります。

    \documentstyle[12pt,a4j]{jarticle}
    \begin{document}
    こんにちは
    \end{document}

これをたとえばhello.texという名前で保存します。このようにTeXやLaTeXの 文書ファイルはファイル名の拡張子(語尾)を.texにします。

このhello.texというファイルを日本語版LaTeXで処理するには,MS-DOSやUNIX ならたいてい

    jlatex hello
と打ち込みます。

LaTeXは,hello.texというテキストファイルを画面やプリンタに出力しやすい 形に変換して,その結果をhello.dviという名前の中間ファイルに出力します。

この中間ファイルに収められた組版結果を画面に出力するには, プレビューアというソフトを使います。 MS-DOSならdvioutというプレビューアが有名です。

    dviout hello
と打ち込むと,結果が画面に出力されます。

最終的にプリンタに出力するにはプリンタドライバというソフトを使います。 MS-DOSならdviprtというプリンタドライバが有名です。

    dviprt hello
と打ち込むと,結果がプリンタに出力されます。

LaTeXとワープロ方式の比較

LaTeXでの処理の流れは次の図のようになります。

  エディタで編集←−−−−−−−−−−
    ↓           ↑   ↑
  LaTeXで処理      |   |
    ↓           |   |
  エラーメッセージが出た?−→    |
    ↓               |
  画面出力(プレビュー)       |
    ↓               |
  意図通りの出力?−−−−−−−−−→
    ↓
  プリンタ出力

ワープロは書きながら画面で結果が確認できますが,LaTeXはエディタで書い ている時点では結果が見えません。ですから,慣れないうちはたとえば \frac を \flac と書いてしまって,LaTeXでの処理時にエラーメッセージが出てしま い,エディタを立ち上げて編集し直すといったことがよく起こります。

この意味で,LaTeXでの処理は,FortranやC言語のプログラムをコンパイラで 処理(コンパイル)する作業に似ています。このため,LaTeXでの処理を「コ ンパイル」と呼ぶ人もいます。

しかし,TeXでの数式出力は通常のワープロ出力と比べてはるかに美しいので, 多少の苦労は報われるでしょう。

どうしてもTeX方式になじめない方のために,TeX形式のファイルが出力できる ワープロソフトもあります(たとえば鈴木昌和『Quick-Note: 数式も図も楽々 ワープロ』日本評論社)。

もう少し別の視点からLaTeX方式とワープロ方式を比べてみましょう。

ワープロは文書を視覚的に作りますが, LaTeXは文書の論理構造をマークアップします。たとえば

    \sum_{k=0}^\infty
はk=0から∞までの和という論理的な意味を指定するもので,和の下限・上限 をΣ記号の上下に付けるか右側に付けるかはわかりません。標準では,独立し た数式では上下に付き,本文中の数式では右側に付きますが,ちょっと \sum 命令を定義し直せば,付く位置を変えることもできます。

数式以外でも,同じことがいえます。たとえば節見出しを入れるのに, ワープロなら 「14ポイントのゴシック体で左詰め,上は2/3行,下は1/3行余分に改行する」 というように指定することになります。これに対して,LaTeXではたとえば

    \section{はじめに}
のように書くだけです。書体,文字サイズ,左詰め・右詰め・センタリングの 別,上下の空きなどは,別途「スタイルファイル」というもので指定すること になっています。さきほどLaTeXの文書ファイルの最初に
    \documentstyle[12pt,a4j]{jarticle}
と書いたのは,jarticle.styという標準添付のスタイルファイルを使うという 指定だったのです。このスタイルファイルを取り替えれば,節見出しのスタイ ルや,数式をセンタリングしないで左から何センチのところに置くといったこ とが,自由に設定できます。

そもそも論文の著者が節見出しをセンタリングするかどうかを決めてはいけな いのです。著者は「ここは節見出しである」というような論理レベルのマーク アップだけしておけば,あとはスタイルファイルに従って自動的に処理するほ うが論文誌全体の体裁が均一になります。論理レベルのマークアップから視覚 レベルの組版への対応づけは,編集者やデザイナーが決めるべきもので,同じ 論文誌や同じシリーズの本については同じ対応づけを適用すべきものです。

広告などのページものはもちろんワープロ方式に軍配が上がりますが,本や論 文集などでは,規模が大きいほどLaTeXやSGMLのような論理レベルのマークア ップ方式の利点が生かせます。

どうやって入手するの?

TeXは無料のソフト(フリーソフト)ですから,持っている人にもらうのが一 番安上がりです。大学ならたいていありますので,コンピュータ関係の先生に 聞いてみましょう。

パソコン通信をやっておられれば,PC-VANのSSCIENCEやNIFTY-ServeのFPRINT などからダウンロードすることもできます。ただし,利用料金と電話代を考え れば,必ずしも安くはありません。パソコン通信の良いところは,わからなく なったら質問できること,ソフトの開発者たちと話ができること,そして自分 もソフトの開発に参画できることです。

インターネットに接続されている大学や企業ならanonymous FTPでソフトをも らってくることができます。質問などはネットニュースのfj.comp.texhaxにで きます。

このような手段で入手できないなら,本屋さんに行って,(株)インプレスの 『TeX for Windows』または(株)アスキーの『縦組対応版パーソナル日本語 TeX』を買いましょう。どちらも1万円です。前者はWindowsのインストールさ れた機種なら何でも使えます。後者は一応PC-9801用となっていますが,DOSエ クステンダとドライバだけパソコン通信などで入手すれば,他のMS-DOS機でも 使えます。また,CD-ROMをお持ちなら,ベクターデザイン『MS-DOS/Windowsフ リーソフト&シェアウェアPACK2000』1994年後期版(アスキー)がたったの 5800円でTeX関係以外にもたくさんのソフトが収めてありお買い得です。

X68000用には, 吉野智興,川本琢二,山崎岳志,実森仁志 『X68k Programming Series #3: X680x0 TeX』(ソフトバンク,1994年) というディスク付き本が出ています。

これら以外にも,雑誌付録やディスクサービスなどいろいろな経路で入手でき ます。

どんな本を読めばいいか?

ここではLaTeXの全貌をお話しすることはとてもできません。ぜひ本を1〜2冊 買ってお読みください。

LaTeXの原典は,作者ランポート自身が書いた『文書処理システムLaTeX』 (Edgar Cooke・倉沢良一監訳,アスキー,1990年)です。これは全部読まな いまでもマニュアルとして便利ですからぜひとも入手しておきましょう。

私も

奥村晴彦監修『LaTeX入門――美文書作成のポイント』(技術評論社,1994年)
という本を出していますが, これは上記のランポートの本に取って代わるものではなく, パソコンでアスキーの日本語版LaTeXを使うための情報や, LaTeXによる本作りの秘訣を書いたものです。

TeXの数式やマクロの書き方を詳しく勉強するには,TeXの作者クヌースによる 『[改訂新版]TeXブック』(斎藤信男監修,鷺谷好輝訳,アスキー,1992年) を超える本はありません。ただし通読は難しいでしょう。LaTeXのマクロにつ いてはNTT JLaTeXの磯崎秀樹さんによる『LaTeX自由自在』(サイエンス社, 1992年)が特筆すべき本です。伊藤和人さんの『LaTeXトータルガイド』(秀 和システムトレーディング,1991年)は,他のLaTeX関係の本と違って,LaTeX で印刷したものではありません。出力例はレーザプリンタの出力を切り貼りし たものです。しかし,著者の説明は親切で,この出版社のマニュアル本作りの ノウハウが生かされたなかなか便利な本です。大野義夫編『TeX入門』(共立, 1989年)は,ある程度コンピュータに詳しい人がTeXおよび関連ソフトの概要 を掴むのに便利な本です。

TeX for Windowsをお使いのかたには

乙部厳己、江口庄英『TeX for Windows Another Manual(上・下)』 (ソフトバンク)
をお薦めします。

これ以外にも,良い本がたくさんありますし,新しい本が続々と出ています。 本稿がLaTeXの本を読まれるきっかけになれば幸いです。


okumura@matsusaka-u.ac.jp